目からウロコ
 とりわけ台所道具に凝る方ではないから、便利な調理器具があると聞いても、今家にあるものが使えるうちはそれで充分なのではないかと思っている。
 しかし、この鍋には驚いた。
 それは、最近おしゃれな雑貨店やデパートなどでよく見かけるようになったフランス製のホーローの鍋で、ルームメイトが購入したもの。 彼女は質のいい調理器具が好きで、デザインと機能の両方に納得できれば「使ってみたい」という気持を優先する。わたしのように「鍋はたくさんあるし」と後ろ向きな考えで躊躇する人間とは逆のタイプだ。
 一般的な両手鍋のサイズだが持ってみるとずっしりと重い。これなら「鍋殺人事件」だって可能だろう。少量の水で煮物がおいしくできるというので、肉じゃがを作ってみることにする。だしをほんのちょっと加えて弱火にかけるだけ。食材というものはもともと食べられるものなのだからよほど妙なことをしない限り料理というのは原則としておいしいに決まっている。日頃からこう思っているし、事実、日常のおかずくらいなら適度に満足なものを作れる自信がある。しかし、今までのわたしの肉じゃがは何だったんだろう、素直にそう思ってしまうほどこの鍋で作る肉じゃがはおいしかった。
 野菜がほくほくと柔らかいのはもちろん、肉もよく煮えているのに味がしっかり残っていて滋味豊かだ。ほんとうだ。すごい。おまけに時間がかからないのが素晴らしい。味がしみるまで少し置いておく必要なんてみじんもなく、作ったらすぐにベストな状態で食べられる。ちょっとサイドメニューを作る感覚で気軽に肉じゃがが作れてしまう。
 鍋なんてあるものでいい。この考え、即、撤回だ。いいものは、いい。みんながいいというものにはそれなりの理由がある。ちなみにこの鍋、鍋としてはかなり高価だ。しかし、たとえば、この春流行の新しい洋服などを買うよりはこの鍋にお小遣いを使う方が数倍の価値がある。ワンシーズンしか着ない可能性が高い洋服に対してこの鍋は生涯使える。たしかにデートに新しいステキなスカートで出かけるのもいいが、案外男なんてものはこっちが何を着ていたかなんてことに頓着していなかったりする。それよりこの鍋で肉じゃがを作って食べさせるほうがずっとキャッチーだ。なによりスカート一枚分の出費で「得意料理は肉じゃがである」ときっぱり言い切れるようになるなんて、これ以上のお得はないのではないだろうか。

(2005,03,16)