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[1103] どうも 投稿者:おるか 投稿日:2020/05/28(Thu) 23:44  

芽茶さん


縁起でもないこと書いちゃったんじゃないかと心配してました。

やはり、平仮名は、そういう思いの表記でらしたんですね。

しみじみしました。


[1102] そら豆を剝けばちちはは来てゐたり 投稿者:芽茶 投稿日:2020/05/27(Wed) 23:56  

細やかな鑑賞をありがとうございました。書いてくださった通り「ちちはは」はすでに思い出の存在です。それで平仮名にしました。実はそら豆を茹でるのは苦手なんですが、そら豆は夏の夕方の気持ち良さにつながっているような気がしています。また来月もよろしくお願いします。


[1101] 感想ですX 投稿者:おるか 投稿日:2020/05/22(Fri) 23:42  


13 晩年や俎上の鯉の潔き     案山子さん

いさぎよいものといえばまな板の上の鯉。ヒトも晩年ともなればかくありたきものでしょう。しかしそれですと「さようでございますね」としか言えませんでしょう。

 ここはもうひとひねりしませんと。晩年と言えど、なお俎上の鯉になりきれないとか、逆に潔さを見せつけたいから、いっそ俎上に上げてくれ!とか、俎上の鯉も涙を流すとか。


15 万緑や越後山古志鯉の里     KUMIさん


ああ、地震で大被害を受けた山古志村のこと。憶えています。鯉がたくさん死んでしまったんでしたね。あれから復興なさったのでしょう。緑深い越後の山深く泳ぐ美麗な錦鯉を想像すると、豪華な眺めだろう、とためいきがでます。緑の移る水の中を泳ぐ錦鯉、見てみたい。


24 握手するごとをさなごとそらまめと 真里子さん


そらまめと握手?  そらまめとおさなごが握手? それとも作者が幼子とそらまめとに握手? ごめんなさい、よくわからなかったです。




[1100] やっぱり! 投稿者:おるか 投稿日:2020/05/22(Fri) 23:17  

洗濯機さん

やっぱり鏡花でしたか。
見るなの屋敷のような山中異界を想像したのは、私のかってな牽強付会ではなっかったんですね。よかったです。


[1099] いつも 投稿者:洗濯機 投稿日:2020/05/21(Thu) 10:57  

ありがとうございます.
「鯉」は無季らしいので,季語「躑躅」を当てました.
昔目にして驚いた文章が,泉鏡花の「龍潭譚」です.
躑躅山を歩く少年が「道教え=ハンミョウ」に誘導されて,
妖しの世界に踏み入れていくという話です.

ネットで調べると躑躅の語源として次のようなものがひっかかります.

『漢字の「躑躅」は漢名からで、「てきちょく」とも読む。
「躑躅(てきちょく)」には「行っては止まる」「躊躇」という意味があり、
見る人の足を引き止める美しさから、この漢字が使われたといわれる。
本来は「羊躑躅」で、葉を食べたヒツジが躑躅して死ぬことからという説もある』

それで「足弱」に連結したというのが種明かしです.
鯉という庭の池に飼われる食べ物も何やらあやしげです.




[1098] 感想ですW 投稿者:おるか 投稿日:2020/05/20(Wed) 22:29  


12 足弱に鯉すゝめられ躑躅山  洗濯機さん


「足弱」は江戸時代くらいまでの文章では、「女子供」のことをしばしばさしています

足よはのわたりて濁る春の水  蕪村

の句の「足弱」さんも女性でしょう。

おそらく、目もあやな躑躅山を眺めるお屋敷で作者を迎えてくれたのも、古風な嫋嫋たる女性(にょしょう と読んでほしい)と見ました。なんだか、見るなの屋敷か鶯御殿かみたいな雰囲気で面白い。次の瞬間白狐に化けそうな女主人に『御口汚しですが、鯉など」なんて、すすめられている。なかなか。。
躑躅山が文字も良いし効いています。躑躅の作り物めいて派手派手しい色彩が、ますます異空間の気配を高めます
面白く、美しく、どこか妖しい。凄く上手い句だと思いました。




2 錦鯉谷崎旧居夏に入る     九鼠さん

旧居は倚松庵ですか。松に寄るとはのろけてますね。谷崎自身が雑巾がけしていたという廊下を見に行きたいものです。

西国の文化をどっぷり愛した谷崎の美意識に錦鯉はあいますね。陰影の濃い、夏の景色。



7 蚕豆の莢剥く幼き姉と僕     案山子さん


そらまめは、なぜか、郷愁を呼び起こすもののようですね。作者も剥きながら、こころはおのずから幼き日へともどっていったのでしょう。共感できます。


9 富士山を鯉のぼりの尾撫でてをり KUMIさん

これは面白い句でしたね。あー戴けばよかった。
縁起の良いものが並んで、読んでいるだけで良いことありそうなきがしてきます。

富士山を撫でるというのも、生き生きしていて素敵です。。



11 鯉幟鱗のマスクとなりにけり 案山子さん

ハハハ、鯉幟を再利用してマスクになさったのですか!すばらしいですね。
邪気を払ってくれそうです。こういうときですから、ユーモアが必要ですよね。






[1097] 感想ですV 投稿者:おるか 投稿日:2020/05/20(Wed) 01:25  


10田の風を呑みて百尾の鯉のぼり   芽茶さん

最近は個人のお宅で鯉幟をあげるところは少なくなってきたようですね。この辺りでもそうです。そのかわり、使われなくなった鯉幟をまとめて泳がせてあげるイヴェントは各地でふえているみたいですね。
一面の青田に泳ぐ鯉幟。良い景色です。
鯉を空に泳がせるって発想は素敵ですよね。誰が考えたんでしょう。


16みしみしと池を分けゆく夏の鯉   織女さん

なんといっても「みしみし」が良いです。。池の主のような大鯉の風格と迫力が体感的にとらえられます。

陰陽五行で言えば夏は、色なら朱、壮年の、盛りの時です。この鯉は元気いっぱいの緋鯉なのかな



19そら豆むく汽笛はいつも後ろから   織女さん

蚕豆と汽笛。懐かしさのある取り合わせです。後ろから聞こえる、というのも思い出のように感じられる一因でしょう。

今ここ、がなぜか、昔あったことのように不思議に懐かしく感じられることがあるものです。プルーストのプチットマドレーヌ体験みたいに。特権的瞬間ってやつですね。

プルーストはお茶に浸したマドレーヌの味に触発されてあの大長編を書いた(もちろん、それだけじゃないでしょうけど)。
ささやかなものの中に、そういう永遠の一瞬が潜んでいるんですよね。



3 一眠りして蚕豆を茹で上げて   真里子さん


蚕豆を茹でようと思って、その前にお昼寝なさるんですか?ゆったりした生活の気分がうらやましい。
私なんかですと、いったん寝てしまったら気分が変わって、寝る前に考えてた予定通りにはいきませんけどね。
見かけによらず、せかせかしていて、手が四本あって、一日が36時間くらいあればよいのに、と思う方なので。


20 少年の胴の細さよ鯉幟     織女さん


確かに子供ってびっくりするくらい細いですよね。
でも成長期の男の子は、ちょっと見ないうちに別人だったりしますね。この間までは天使だったのに、と少し残念だったりします。
このか細い少年は、まだまだ天使的なうつくしさなんでしょう。鯉幟に乗れちゃいそうなのかもしれませんね。



23そらまめやこんなところでまたあふか  洗濯機さん

面白いです。どういうことか、あえて説明しないのも、全て仮名だけの表記とあいまって、一つの世界を作っています。

こんなところで出会うのは、なにものなのか。
それは、俳句表現とはなにか、という問いそのものではないのか、と考えさせてくれます。




[1096] 感想ですU 投稿者:おるか 投稿日:2020/05/19(Tue) 01:06  


22 母譲りなりそら豆の塩加減   KUMIさん

いいですね〜。こういうお家の味。年年歳歳、なにごとにつけ、しっかりした指針がある感じで。文化でもあるし、気持ちも落ち着くでしょうね。
その点我が家では、母が新しもの好きで、塩分の多すぎはいけないとなると急に減らしたり○○が体に良いと聞くとすぐ採り入れたり、けっこう色々でしたから。おかげさまであまり,こだわりのない方かもしれませんけど。精神的安定という面ではいまいちか、と。


4そら豆を剥けばちちはは来てゐたり   芽茶さん


ひょっとすると私はとっても失礼というか縁起でもないという解釈をしてしまってるかもしれないですけれど。この句の中の「ちちはは」は、すでに思い出の中のそんざいではないか、とおもってしまいました。
仮名表記から、小さな子供だった作者にそら豆を剥いてくれた、若い日のお父様お母様の姿で、逢いに来てくれたくれたのかな。と、思ってしまったんですけど。

そんなんじゃなくて、蚕豆がお好きで、「おー!今年も蚕豆がでたか!」なんてテーブルを囲んで賑やかに団らんしてる光景かもしれませんね。それもほほえましいです。



18五月鯉水路ひとつを国境ひ      真里子さん


国境いを決めるのは、大河とか高い山みたいな感じを持ちますが、入り組んだ地形の土地では、教えてもらわないとわからないようなところも多いです。さほど大きくもない水路で、分けられているということもあるでしょう。そういうところは、歴史も複雑だったりします。国破れて山河在りでもないけど、人の歴史とは関係なく鯉は泳ぎ、大地は今、五月の光を浴びている。水路から悠久の天地へと光景が広がってゆくところが魅力的な一句です



[1095] 感想です 投稿者:おるか 投稿日:2020/05/18(Mon) 00:55  


5そら豆や夕べ明るき大硝子  芽茶さん

大硝子、全面に夕映えが輝いているのでしょうか。それとも室内の灯りにきらめいているのか。どちらにしてもきれいですね。
蚕豆との二物の取り合わせが、成功しています。そこはかとなく懐かしく抒情的です。



21鯉口を切る音の数夏芝居  洗濯機さん

鯉口は思いつきませんでした。いかにも夏芝居らしい道具立てです。上手い!
芽茶さんのご感想で知りましたが、夏芝居は若手中心の公演のなんですね。こわい先輩に気兼ねせず好きにできるのでしょうね。鯉口を切るのがかっこいいものだから、やや派手にえんじているのでしょうね。そんなことも考え合わせると、まさに夏芝居らしい。いい句ですね。



1 そらまめの莢にほのかな豆の跡  九鼠さん

豆はすでに取り出されて莢は開いた状態なんですね。
内側のまっ白でふくふくのベッドに残る跡か、洗濯機さんのご感想のように外側のふくらみか。
この句は、冷徹な写生ではなく、跡だけが残っている哀れを「ほのか」という表現に込めています。写生より情の句と言えるかもしれません。
個人的な感じ方ですが、冷徹に写生しても、おもしろかったかもしれませんね。一概にどうとは言えませんけど。


8 鯉跳ねて畳の上に籠枕      九鼠さん

良い風景ですね!日本家屋って夏が良いのよね。
開け放した部屋の畳にごろりと横になって籠枕に庭を眺めている。庭の広い池には鯉が跳ねている。いかにも風通しがよく涼しそうです。ああ美しき日本の夏よ!


[1094] 感想 投稿者:KUMI 投稿日:2020/05/17(Sun) 11:11  

◎21 鯉口を切る音の数夏芝居
題から、鯉口、ということばで句を作られたことに感服です。
子供の頃に田舎で見た旅芝居を思い出しました。殺陣が見せ場に多い芝居なのでしょうね。化粧の剥げたような役者も出る田舎芝居の風景が浮かびます。

〇3 一眠りして蚕豆を茹で上げて
昼寝から覚めて大あくび、さて晩酌のビールの肴はそら豆茹でよう・・自粛で籠り暮らしの唯一の楽しみかもしれません。

〇10 田の風を呑みて百尾の鯉のぼり
田植えのころののどかな田園地帯。今はたくさんの鯉幟をまとめて披露する地域が増えました。多分、水田にも鯉幟がゆらゆらと映っているのでしょう。雄大な風景ですね。

〇16 みしみしと池を分けゆく夏の鯉
木々の緑や夏空の雲を映す池の水。みしみし、という感覚に池の主のような大きな鯉、と想像できます。

〇23 そらまめやこんなところでまたあふか
どう解釈してよいのやら迷いつつ、面白いのでいただきました。
私の体験からすると、そら豆を剥いて台所のどこかに跳んで見つからなかったそら豆が、茹で終わってからとんでもない所に見つかった・・とか。

自粛暮らしの窮屈な日々、皆さんの想像力の豊かさに感服しながら楽しめました。
おるかさん、皆さま、ありがとうございました。


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